【日々のひっかかり 01】
担当者は決まっている。進捗を管理する仕組みもある。それなのに、気がつけば一日のかなりの時間を「確認」や「催促」に使っている。そんな感覚に心当たりはないでしょうか。
「あれ、今どうなっていますか」 「先方への連絡は済みましたか」 「次は誰がボールを持つんでしたっけ」
仕事そのものを前に進めているというより、仕事が途切れてしまわないよう、人と人のあいだの隙間をずっと縫い合わせ続けているような感覚です。
もちろん、確認する側も好きでやっているわけではありません。声をかけなければ抜け落ちる。催促しなければ遅れる。確認しなければ、どこかで静かに止まってしまう。だからこそ、やめたくてもやめられないのです。
こうなると、つい「人」や「管理」の問題として解決したくなります。
「もっと主体的に動いてほしい」 「もう少し責任感を持ってもらえないか」 「進捗管理のルールを徹底しよう」 「ツールの入力を必須にしよう」
どれもおかしな話ではありませんし、一時的に改善することもあるでしょう。でも、どこか引っかかるものが残ります。
確認は、本当に「余計な仕事」なのか
もし、確認や催促をやめた途端に仕事が止まってしまうのだとしたら、それは単に管理が細かすぎるからなのでしょうか。
視点を少し変えてみると、別の景色が見えてきます。今の仕事は、「誰かが間に入って確認し、抜けを見つけ、次につなぐこと」まで含めて、初めて成立しているのではないかということです。
そう考えると、確認や催促は「本来なくてもいい無駄な作業」ではなく、今の業務をつなぎ合わせる大切な役割を、実際に果たしてしまっていることになります。
だとすれば、「確認を減らそう」と声かけだけをやめても意味がありません。業務をつなぐ機能そのものが消えるわけではないので、結局は別の場所で誰かが同じ役割を引き受けるか、仕事がどこかで滞ってしまうだけです。
なぜ、確認されないと動けないのか
ここで立ち止まって考えてみたいのは、「なぜ、確認されなければ次の行動が生まれないのか」という理由です。
誰が次に動くのか、境界線がはっきりしていないのかもしれない。
どこまでやれば「完了」なのか、基準が人によって違うのかもしれない。
自分で判断していい範囲(裁量)が分からず、立ち止まっているのかもしれない。
前の工程が終わったことが、次の人に自然と伝わる流れになっていないのかもしれない。
実際の理由は組織によって様々ですが、そうしたプロセスの隙間を、誰か一人が暗黙のうちに「確認」という形で埋め続けているケースは少なくありません。
大切なのは、最初から「本人の主体性が足りない」「管理が甘い」と片づけてしまわないことです。確認という行動が現場で繰り返し必要になっているなら、そこには必ず、そうならざるを得ない構造的な理由が潜んでいます。
「確認を減らす」の前に
確認する側が悪いわけでも、確認される側が悪いわけでもありません。
気になるのは、なぜ「誰かが確認し続けなければ仕事が前に進まない状態」になっているのか、その背景にある条件のほうです。
「もっと主体性を」と相手の心に求めたり、「もっと管理を」と仕組みを縛ったりする前に、まず、その確認という行動が何を肩代わりしているのかを眺めてみる。
すぐに答えを出そうとせず、その理由を静かに見つめ直すことから、これまでとは少し違う景色が見えてくるのではないでしょうか。
